児童文学の「モモ」を何年振りかで読み返してみました。
「モモ」はドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデによって1973年に出版されました。
有名なお話ですので、ご存じの方も多いと思います。

〜以下簡単なあらすじ〜
時代も場所も特定されていませんが、大人も子どももすべての人々が穏やかに、助け合い、笑いあって暮らしていました。そこに時間どろぼうが現れ、人々の時間を盗んでいくのです。時間を盗まれた人々は、時間を惜しんでセカセカ、バタバタと働き、子どもたちと話をしたり遊んだりする時間も無くなりました。
子どもたちはというと、それまで自分たちで工夫して遊びを創り出していたのですが、大人たちに便利で高性能なおもちゃを与えられ、それで創造的に考え出すこともなく1日中遊んでいます。
機械的にはかることのできる時間だけが問題なのではなく、人々の心のうちの時間、人間が人間らしく生きることを可能にする時間が失われてきているようです。
何十年も前に書かれた小説ですが、何だか現代を表しているようにも感じました。
教室ではほとんどの生徒さんが、きちんと宿題を提出してくれます。
中には時々できていない場合もあります。
そんな時、「どうしてできなかったの?」と聞くと、「時間がなかった。」「忙しかった。」とよく言われます。
私自身も決して時間の使い方が上手だとは思っていません。
週末は、せっかくの休みだから、1週間頑張ったからと、何をするでもなくダラダラと過ごしたり、平日も「あっ、やり忘れた!」「また、できなかった。」と後悔したりすることはしょっちゅうです。
時間はみんなに平等に与えられたものです。
どのように使い、どのように価値を生み出していくのかは1人ひとりに委ねられています。
1日10分でも時間を作って、学研の宿題に取り組み続けていくだけで、素晴らしい持久力や底力が育ち、素敵に大きく成長していった生徒さんを何人も見てきました。
世の中には楽しいことがあふれ、やりたいスポーツも習い事もたくさんあります。
その中で学校の宿題に加えて、学研の宿題をすることはとても大変なことです。
それをしている子どもたちは素晴らしいと思いますし、できるように導いてくださっている保護者様にもいつも感謝しています。
自分で時間を管理することは1番難しいかもしれません。
私も今になって、時間をもっと大切にし、上手く使っていかないとと実感しています。
「モモ」では、モモの大活躍で盗まれた時間が人々のもとに戻り、笑顔あふれる穏やかな日常が戻ってきます。
私もダラダラと過ごしているうちに、時間を盗まれないようにしないと、また少しでも価値のあるものに高めていきたいと気持ちを引き締めました。


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